古典柄に、色を差す。
沖縄にない風景を想い、色を差す。
山々に、青海波に、花に、色を差す。
「体験」だとか「本格的な」という言葉ではもどかしい。
今回の小風呂敷に、知念紅型研究所の職人が「歴史にも触れてほしい」と選び、型を彫ったのは、古典柄「桜波連山仕切り模様」(製作年代:琉球王朝第二尚氏時代)のアレンジです。
山や波の模様を仕切りのようにして、染め分けていく染分地という意匠を用いて作られた大模様型。
大きな山々に枝垂桜など、沖縄では見られないモチーフが多く見られることからも、当時の琉球が本州や隣国から様々な影響を受けながら、それらを柔軟に紅型に取り入れたことがうかがえます。
紅型は、現存する紅型や文献から、300年ほど前から技法があったことが分かっています。
琉球は統一王国の誕生(1429年)以前から、中国(明)と冊封関係があり、15~16世紀にはシャム(タイ)やルソン(フィリピン)、朝鮮、日本などとも交易しました。
中国やインド、インドネシア、日本に、紅型と同じ染め方はどこにも見当たらず、さまざまな近隣国の染物をヒントに沖縄でつくりあげていった古今独歩の技法だと考えられています。
撮影(染め方指南帖):島袋常貴
プロジェクト:琉球びんがた普及伝承コンソーシアム、知念紅型研究所、アイデアにんべん